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日志


2007/2/18

新年好

      今天是大年初一,先给大家拜个年了。有这么多关心我的博客的朋友,本人心里真的觉得热乎乎的,呵呵呵,虽然在日本,不过还是谢谢从远方对我祝福的人。
 
      对于我来说,新年最大的事莫过于搬家了,从船桥搬到船桥……呵呵呵呵,这段时间有够忙的了。幸好不远,蚂蚁搬家的搬了快一个月,今天总算叫做是搬完了,明天开始就要好好收拾了……
 
      大年初一,大家都拿红包,串亲戚朋友对吧。本人今天可是没有那份闲情了。上午搬完家,下午就又赶去新宿面试了,哇,过年过的有像我的吗??不过怎么说呢,为了新年有一个好的开始,现在还是得拼搏啊!!!自己给自己加油。
 
      说完自己,大家也要在新的一年里有新的收获,猪嘛,全身都是宝,肯定能淘到你要的“宝”:-)
 
     
2007/2/12

夢幻

夢幻

岐阜と名づけて以来、信長は浅井・朝倉連合軍に破られ、金カ崎の敗戦もあったが、六角を撃破し、姉川合戦で浅井・朝倉に勝利し、次第に滅亡させ、近畿、摂津、河内の進出も果たし、伊勢・大和も収め、安土城への移転までの間に、ずっとこの岐阜城を「天下布武」の根拠地にした。後、明智光秀に本能寺の変で、信長は哀れの敦盛を舞いながら、炎の中に散った。

さ、沢彦和尚はそれから、どうなっただろう。

謁見の後、僕は寺に戻り、読経の毎日を送り、隠世の道を選んだ。ついにある日、僕は病の中「岐阜、岐阜」と、最後の息を使って、全力で叫びだした後に、静かに目を閉じた。

・・・

「周君、周君、大丈夫、起きて、起きて・・・」

何か親しい声が耳元に響いている。弘平、真純たちだ。僕はゆっくりと目を覚ますと、自分が病院にいると分かった。しかも、体中に、いくつかの「線」が付けられている。

「目覚めた、目覚めたよ」、里美が喜んだ。

「心配だったよ。周君は落雷にあったんだよ。覚えているか」、真純が凄く心配そうに聞いた。

「う・・・うん、も、もう大丈夫だ」、僕は無力で言った。「心配かけてごめんね」

「さ、周君はもう平気だからさ、皆外に出て、休ませよう」、康作が微笑んで言った。「じゃ、周君、ゆっくり休んでね」

皆それに応じて、出ようとしたとき、僕は「弘平、なぜ『岐阜』は唯一中国の歴史を由縁で名づけられた地名であるか分かったぞ」

「今更かよ。あんたはじっくり休んでな。で、なんでだい」、弘平が笑った。

「俺がつけたからだな」、僕は静かに口にした。

「ならば、周君は沢彦和尚だというのかな。はっはは、落雷が頭でも焼いたかな」、弘平は凄く無造作な顔をした。

「うぬ、沢彦和尚って、誰」、それを聞いて、僕は凄く慎重な顔をした。

「史書によると、『岐阜』と名づけた坊主だぞ。但し、それ以降、一切音沙汰が消えてしまった神妙な人物だな」

「そうか」、僕は黙った。

「周君は考えすぎたよ。最近ある精神力の関連番組を見たけれど、あまり、あるものに集中力を注ぎすぎると、少し刺激でも起こったら、当人にはその思い込みが『現実』となるぞ。つまり、その『現実』とは、『幻覚』のことだよ」、里美が不意に言った。

「現実か、幻覚か」、僕はつぶやいた。

「出ましょうよ。くだらない話もやめましょう。周君の邪魔にならないように」、真純が皆を促した。

・・・

皆が出ていった後で、僕は一人で天井を見つめた。「夢幻ごとくなり」、この言葉が知らぬ間に、頭に浮かんだ。偶然だろうか、僕が歴史と結び合った。知らない間に、「僕」は歴史を作った。いや、歴史が「僕」を作った。分からない。何故僕は歴史の時間と空間を越えたのか。それとも、ただの僕の錯覚だけなのか。分からない。その時の僕は歴史を変えなかった。変えたら、今はどうなるか。分からない。でも、なんとこの中国人の僕は「岐阜」と一体になったとは、それとも運命か。結局、由縁が分からない。

「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」

 やはり、これであるか。本当の真実を知らなくてもいいのだ。微笑みながら、疲れた僕はまた眠りに入った。

2007/2/8

岐阜

岐阜
 稲葉山(金華山)は濃尾平野のなかにあって、唯一本物の山のように見える。平野にいくつかの小山が膨らんでいるが、「丘」と呼んだ方が、妥当であろう。この天まで聳える「山」に立派な名前がないと、その壮麗さを損なうだろう。「稲葉」は確かに地味だと言わざるをえない。もしかして、これは「因幡」(注:いなば、古地名、現鳥取県東部)と関係があるかもしれない。
 卯の刻(午前六時くらい)に全て用意ができて、僕は何人かの小坊主を連れて稲葉山に出発した。まだ早いが、暁がのせいか、わずかな光ではあるが、林蔭の小道を行くことができた。まだ寒い。遠くから、既に、躍動している火が見える。鶏の朝鳴きも犬の無造作な吼えも、静かな空を割り裂いた。そのせいか、何人かの姿が蠢いた。長良川の恩恵で、美濃と尾張は稲作を中心とした農業が盛んだ。畦道の側に、水田は区切りよく、巡り回る水堀で分けられている。これらの水堀は縦横無隅で遠方に伸びていく。
 この時代にはビルなどはもちろんないので、稲葉山はこの平野景色の中に、一番目に留まるものだから、それを見ながら、城下町に入った。
 物凄い活気が溢れている。朝市の活況だ。行商人は疲れも感じないように、絶えず往来する客に物売りのため高声に呼びかける。屋台も道の両側にずらりと並んでいる。
 「スイカ、スイカ、甘いスイカは如何」
 「甲州ブドウ、おいしいブドウですぞ」
 「笠、笠、日よけでも、雨避けでも、笠や」
 喝破しそうな声がこの城下町から空まで響いたに違いない。これは、「楽座・楽市」というのかなと心の中で感心せずにいられなかった。
 山に近づくと、大規模な工事をしているのが分かる。細長い山道の上にものすごい数の人夫が溢れている。「へよ、はよ」という声が汗の蒸気を混ぜて、蜃気楼のように、頂上まで登っていって、大変壮観な景色となっている。頂上はよく見えないが、天守閣の形にはなっている。
 「はっ、後世を騒がせたほどの『天下第一城』が着工中だ。夕べの火の蛇も突貫工事のためだったに違いない」胸の中に、言い表せないほどの感動を覚えた。
「さ、岐阜、参るぞ」
麓に着くと、小姓模様の人が迎えにきていた。「お屋形さまはお待ちかねでございまする。こちらへどうぞ」と、促すように案内してくれた。
頂上ではないが、やや山を登り、ある平地に着くと、そこには、白い布を幾重に巡らして、簡易の陣のようなものができている。周りと出口は何人かの侍に厳重に守られている。僕は中に通してもらえたが、残りの小坊主は外に残された。
陣に入ると、迷宮のような構造となっている。案内の人がいなければ、道が分かりづらい。それも、戦国時代においては、戦争を備えるための必定だろう。
「ここより、お慎みなされよ」、眩暈しそうな僕に案内役が低い声で注意してくれた。
僕はもちろん、微かにうなずいた。「運命の一瞬がもうすぐ訪れてくる」と、やや緊張した。
「報告、沢彦法師がお連れしました」
「であるか。通せ」低い声だが、迫力がある。
僕はそのまま通してもらえた。恐縮しながら、時代劇の情景に習って、好奇心を抑え、頭をやや低くし、入ったらすぐ、真直ぐに深く一礼をし、「沢彦、参上つかまつりました」と、注意深く丁重に言った。
「よく参ったぞ」、先の低い声だ。
「さ、稲葉山城の新たな名前はどうであるか」
この時、僕は既に頭を上げ、初めて「信長」と対面した。英俊な顔付きで、肌も白く、頭はやはり髷を束ねている。眉は濃く、形よく逆らっている新月のようだ。唇も色よく、やや薄気味だが、容易に口を開かないと感じさせられる。鼻は高く、頬はやや痩せている。但し、目の奥には何らかの人の心を見抜ける光が輝いている。それと同時に、一種の威圧感が伝わってくる。思わずに、鳥肌が立った。信長の両側にはそれぞれ5人ほどの家臣が立っている。
「はい、思案させていただいた末、信長さまのご鴻志を入れ、『天下統一』を目指し、新たな王朝を建てるために、稲葉山を『岐阜』と置き換えたいと存じまする」
僕は昨日書いた字を取り出し、献上した。
「『岐阜』であるか。理由は」、信長はゆっくり見た後で、不可解な表情で聞いた。
「はい、当主の天下統一という念願は昔、中国の周朝の初代天子――周文王と同じでございまする。周文王は商朝の暴政を打倒すべく、新たな王朝を立て、万民を新たな生活に導きたかったため、『岐山』というところを根拠地にし、反旗を掲げたことから『岐』を取りました」
「『阜』は丘と言う意味であるが、中国の曲阜という地方名から取りまする。曲阜は儒教の聖人――孔子の故郷である由縁でございまする」
やや止まって、信長の表情を見つめた。不可解な表情は既になくなったが、黙って、聞いているだけで、何も読み取れない。すっと、風の音がした。僕は続きをいった。
「国が成り立つのに、二つの手が欠かせぬと存じまする。『武』と『文』でございまする。天下を得るのに、『武』に頼るべく、天下を治めるのに、『文』に頼るべしと存じまする。この金華山は天下の奇山といえ、並みの名前ならば、その威勢を損ないかねません。人も服装が地位に相応しくないと、他人に笑われましょう。城も、国も同じものだと存じまする。この稲葉山を岐阜と改めれば、当主の実力と共に、一新する評価が得られるに違いございません。従って、是非とも、『岐阜』と名づけなさるようお願い申し上げまする」
「お前らは意見があるか」、信長が五人の家臣に目を向けた。
「はっ、法師さまのご解釈はご最もだと存じまする。異見などございませぬ。天下は当家が取る」と喝破した喉から発した声だ。その人は信長の最も近くの右側に立っている。大柄で、猛者模様のように、髭が粗雑に生えている。
すると、「手前も権六殿の言葉には異議がござらんな」、かなり陽気な声が叫ぶように飛んできた。その持ち主は信長の左側の末席にある。かなり小柄で、小知恵ふうに見える。
「猿め、つつしめ、お前の賛同は要らん」と、猛者模様の人が吐き捨てたようにいった。
「大柄の人は柴田勝家で、小柄の人は当時にまだ木下籐吉郎(のちの豊臣秀吉)と呼ぶのだろう」と、自分は推測した。
「いやいや、権六さま、法師さまがおっしゃったとおり、天下を治めるのに、『文』も必要でござるぞ」
「おのれ、身の程を知らぬ猿め」、猛者が怒鳴った。
「それは、それは・・・」、小柄は反論しようと思いきや。
「黙れ、ほかには」、信長が怒ったような声で低く注意した。
他も特に異存がないようで、即座に、
「よし、決めた。これから、我が稲葉山城を岐阜城と改名しよう」、信長が膝を打った。「そして、我が決心を世に示すため、『天下布武』を刻印にし、この岐阜城をもって、我が武を普天の下に施そう」
2007/2/2

达到3000人了!!!!

      无意中看了一下统计,居然发现自己的博客已经超过3000大关了!!!!
 
      可喜可贺!!!
 
      好像距离上次2000大关不是相差很远对不,真的得多谢大家的鼎力支持。请继续关心我的博客,谢谢,我会以更多好的文章来
回报大家的恩顾,我会努力的!!!
 
      下次的4000大关会是何时超越呢,呵呵呵呵,充满期待^¥^

さよなら・・・バスケ@千葉大

今日は涙が出そうな感動の日だ。俺が千葉大でのバスケの最終試合があるからだ。

 遅れながら、第一体に駆けつけたら、三人しかいなかった。まさか、今日はこんなに寂しいのかーー;でも、すぐ、向こうから、「今日の3限には、(バスケ)授業のやつらがくるから、全コードでやろうぜ」

 「まじ!!!」、俺は一瞬信じられなかった。二回目といわれると、「やろう、やろうぜ」と早口で言った。

 まだ時間は12時半、先に、ゲームで2vs2でやってた。いつもやってるメンバーだから、特長とかは大体分かっていて、ディフェンスは楽だった。前を持って、判断できるからだ。なぜか、ウォームアップが少ない僕は今日絶好調、シュート、インサイド、フップ全部入る。感じはいいな^-^

 ようやく一時になって、メンバーらが入ってきた。すぐ、ゲームに臨む。まぁ、一応、授業の感覚でやるという約束だから、試合などのルールより緩めた。女の子もいたし、シュートが入ったら、ダブルと換算する。

 ゲーム開始!!!!50点先制!!!!!

 やはり、今日来たのは皆経験者だから、ゲームの流れは凄く順調!!!ディフェンスのポジション、オフェンスの攻め方などは言わずに、分かってくれたように動いてくれる。楽だぜ!!!もちろん、チャンスが出たら、迷わずにシュートすれば、ほとんど入る。これも楽だぜ!!!!

 この調子で、ゲームの流れは攻守両方にとっても、疲れないリズムだ。全コードを走っても、ぜんぜん疲れを感じない。

・・・・・・・・・・

 二時半までゲームをやってた。3ゲームができた。つまり、150点+140点=290点くらいの点数までになった。これは凄い。いかに、ゲームが滑らかに進んでいたのかはわかる。しかも、レベルもそこそこ(ディフェンスはちょっとよろいけど)。まぁ、満足というべし^¥^個人のデータはあまり計算してないけど、3ゲーム合計で30点くらいはあるでしょう。特に一時期連続10得点したから、自分にもまま納得する。

 「お疲れ様」、「お疲れ様」

 簡単な一言、僕はの心の奥には涙がでそうになった。感動だ。四年間、すべての汗、笑顔、血も、この時点で頭に浮かんできた。あっという四年、過ぎ去った。
幾多の歓楽をもらしてくれたよ、バスケ@千葉大、
幾多の友達ができたよ、バスケ@千葉大、
幾多の技術が磨き上げたよ、バスケ@千葉大。
 
 もたらしてくれたのはただの幾多のものではないはずだ。青春の軌道だ。ここの体育館には僕の足跡が刻んでいる。リングも、板も、ネットも、僕のシュートの跡が残っている。これらの跡は僕の青春の軌道を導いてくれた。

 「黄さん、またきます?」

 「あっ、来るやろう」
 
 「ぜひ来てくださいよ、お昼にはおれらはずっとここにいますからさ」

 「お、分かった。お前らの顔も見たいから、来るよ」

 それ以上はしゃべれない。喉が言い詰まった。手を振った。

 なんと可愛いやつじゃ、あいつらがいたからこそ、僕のバスケ@千葉大も楽しくなったぜ。僕はお昼のバスケを始めたのじゃ、今、こんなにやっているメンバーを見て、本当に嬉しい。別にサークルでも、部活でもないのに、同好者がいっぱいいるのはやはり嬉しいことのじゃ^¥^

 まぁ、これから、僕は千葉大にいないけど、東大にはバスケコードがあるかどうかは知らんだが、一つは間違いない。それは僕がいない千葉大でも、お昼の体育館はきっとバスケの音が永久に響くはずのじゃ!!!!!

 さ、これから、どっこのリングを揺るがそうか^¥^¥^¥^¥^さらば、・・・バスケ@千葉大。