振宇 的个人资料Jason`s free space in 中日照片日志列表更多 ![]() | 帮助 |
|
2008/9/15 久々のエッセイもうどれくらいエッセイらしい日記を書かなかったたろう??小説を書き始めると、うっかりエッセイを書く気力がなくなってしまった気がする。もちろん、エッセイより、小説の翻訳はよりまともなものだけど、やはりエッセイを書かないと、何か心の中に寂しくなる。もちろん、僕のブログも寂しくなっている。
今日は何のテーマにするかな。ピント頭に来ない。何で来ないだろう?二年前の僕はエッセイの神様が毎日来るようになっていたのに、現在の僕は乾いた泉みたいのものだ。そういえば、自分の「情」に対する感性はどこに行ってしまったたろう?ロボットのように、毎日を過ごしているように感じたこともあるけど、自分はまだそのまま平凡に成りたくないと戒めようとしている。生活は安定していて、逆に生活に対する追求が少なくなっている。正しく僕はいつも口にしているある言葉「幸せの中に生きるならば、幸せっていうものは知らない」。あまりには自分の生活が安定しすぎると感じていて、なんと昔アルバイト三昧の生活を懐かしむようになった。昔は忙しかったけど、とても充実した生活を味わえた。疲れとも知らず、ついつい多くのやりたいことに手を出してしまい、頑張った分がそれなりに実っていた。今振り返って考えてみれば、本当に自慢できる話がいくらでもあった。
この8月の夏休みに、僕は中国に旅を出た。瀋陽入りで、広州から出国、鉄道の移動で、南北4000キロを縦断した。これは旅行ではない。あちらこちらで観光はしたけど、それより、一つずつの地域の感性とそこにある文化、人を感じたほうが目的だといえる。さすがに、中国は広くて、地域性というものが日本より激しいと思う。今回行ったのは瀋陽、承徳、北京、天津、鄭州、武漢、長沙、そして故郷の広州。本当に、地域「柄」というか、僕は中国人なのに、なかなか慣れないのに苦労した。簡単に言うと、南に行けばいくほど、人々のやり方や思いやりが細かくなる。逆に、北のほど、人の気性が激しくなる。景色も南のほうが勝っている。自分も南の人だから、立場は多少偏っているかもしれない。しかし、政治の中心地は北にあり、南はあくまで従属する地位に過ぎないけどね。
超満員列車を体験した。日本人の想像を遥かに超えるものとなるけど、八時間以上の列車にて座れないとはどういうことなのか。でも、これは生々しく中国では普通のようにされている。駅員は定員を超えても、「立つ」チケットを売り続ける。それでも、列車に乗りたい人に欲しがられている。その気持ちは良く分かる。一刻でもはやく、目的地に着くこと。僕もスケジュールとおりに行きたくて、やむを得ず、そういう切符を買ったこともある。実際に乗ると、もちろん、席番号がないんで、座る権利がない。さすがに8時間以上耐えられるわけがなくて、僕はリュックをそのまま床に倒し、席に寄り添いながら、座り込んだ。人が行き来して、僕の背中は何回もぶっつけられたけど、無言に耐えた。見回すと、 列車の搭乗率は多分150%あると思う。席の下に新聞紙を敷いて、寝込んだ人もいる。そして、車両と車両の連接口でも農民風な人がしゃがみながら、占めている。嫌がっても、通ると、すり違いではなく、ぶっつけあいながら進むといえよう。でも、皆文句なしで、この混雑を受け止めている。中国人の忍耐さを改めて自覚させられた。
8年ぶりに、国旗儀式に参加した。朝5時17分天安門広場で、五星紅旗が徐々に上りあがり、頂上に詰め切った瞬間、僕の昂揚な気持ちが漸く落ち着く。自分はやはり中国を愛している。少なくとも、この感動はかけがえないものだと信じてる。学生ころのしつけも思い出してくる。人もなかなか変わらないものだな。
長城にも登った。壮絶だとしかことばができない。つながる山を見渡すと、どこから、どこまでが全然分からない。これは一体どういう巧みと努力でこんな勇壮なものができあがるだろうか。昔の面影を偲びながら、一歩一歩高所に上っていく。
オリンピックの開幕式の当時、僕は北京の随一の商業街ーー王府井にいた。大勢の市民と外国人観光客が集まってきて、熱気が街中に溢れ出るほど暑かった。本当にサウナみたい。「中国加油」の叫びが後絶えずに、無数の五星紅旗が空中に舞い回る。特に数千人同じ叫びをする時の勢いを想像してみてください。本当に心が打たれたような感じはする。ところで、一番面白かったのは、あるブラジル人グループが入り込んで、サンバを踊りながら、中国語で叫んだことだった。最初は「中国加油」、次いでは「巴西加油」、最後だけど、まさか「美国馬鹿野郎」と中国語で叫んだ。もちろんお笑いだが、でも、さすがに、中国人は笑うだけで、一緒に叫ぶ人はいなかった。こりゃすげぇなと思った。
旅が終わって、獲たものはもちろん多かった。言葉に出来ないことも多かった。多分学生時代最後の夏休みになると思うけど、悔いないと思う。これも、長い論文生活からの反発かもしれない。苦しかったり、楽しかったり、することが胸に一杯だが、それはこれからの人生の糧だと思っている。いや、ついついこんなに長いやつをかいじまった。ごめん、ごめん、読む人もたいへにゃろう^^;ここで止める。
じゃ、又今度きてね。いっらしゃい~~~ |
|
|